JEIS Aoyama

JEIS Aoyama

Tel: 03-3876-0117
copyright © 2004-2013 JEIS All rights reserved

Top > コラム > 銀のペーパーナイフ

銀のペーパーナイフ

銀のペーパーナイフ

あるときなにげなく、銀のペーパーナイフを作ろうと思いました。でも、ペーパーナイフって、何?
机の上に置かれて、紙を切る道具。封筒を開けたりする・・・。ほとんど何の役にも立たなそうです。ネットで見ても、安い物は500円以下。高い物でも5000円くらいまで。とても私には出来そうもない値段です。それでも、何故か作りたい。なぜだろう。

私は、ペーパーナイフのある風景を思い描きました。それは、庭に面した静かな書斎。大きく重厚な木のデスク。鈍い光沢の革のライティグマット。忙しい社会とのつきあいを逃れ、ひとときの安らぎと、深い思索のための場所。届けられる、自ら開封しなければならない、ひそやかな知らせ。ペーパーナイフを手に取り、封を切って取り出す、喜びや悲しみ、時には感動や苦痛も。
ペーパーナイフを手に取り、眺め、なめらかで優しい感触を楽しみ、何気なく汚れをぬぐい取る。その動作が、心を落ち着かせる。

ペーパーナイフのルーツをたどると、ヨーロッパで印刷技術が発展した頃にたどり着くようです。その頃はまだ断裁技術が発達せず、本は袋とじのまま売られていました。ペーパーナイフは本のページを切り開きながら読むため必需品でした。
もう一つ別のルーツもあります。それはもっと以前、人が身に帯びていた短剣。封蝋で封をされていた書信の紐を、ナイフで切り開けていたのです。

ナイフは何故か、気を落ち着かせる。そう思われる方も多いことでしょう。それは大昔から、人がそれを身を守る最後の武器としてきたからかも知れません。

ここまで来て、私は自分が作るペーパーナイフのイメージが沸いてきました。とっさの時に身を守れる鋭さ。それを手にとって眺めたとき、心が澄むような落ち着きを覚える穏やかで優美な形、手触り。そこに、静かに「存在する」、ということが、「紙を切る」という機能以上に重要な、何か。

このペーパーナイフは幅30mm、厚さ6mmの銀の板を素材に、ヤスリで削り出します。
ローラーでその厚さに伸ばされた板には、圧延時の歪みが内在しています。ヤスリが肉を削いでいくとき、そのゆがみが解放され、まるで生きているように動くのです。その動きは、一本一本違います。まるで無機質の金属に閉じこめられていた魂が、ナイフという生を受け、持ち主の心を支え、勇気づける役割を与えられる喜びの躍動のように。

取引のあった銀座の文房具店の中二階の特選品売り場に置いてもらったことがあります。置くとすぐ、フロアマネジャーから、「あんな高いもの、売れないよ・・・」と電話がかかってきました。私は、半年、置いておいてください、きっと出会いがありますから、と答えました。そして、買われる方はきっと何もおっしゃらず、黙ってお買い上げになりますよ、とも。
三月後、くだんのフロアーマネジャーの方から、「あれ、売れたよ」とお知らせを受けました。そう、何もおっしゃらずに黙ってお買い上げになって行かれたそうです。
それから後も同じ。一本が寡黙なお客様の手に渡るたび、私はまた銀板を手にします。中に込められた魂を揺り起こすために。

ペーパーナイフ片刃
ペーパーナイフ両刃